もう50年以上前から、「がんを克服しよう」という目標が掲げられてきているわけですが、現在もがんは主な死因の1位になっています。
乳がんのように、標準治療により多くの患者さんが10年以上再発なく経過し、ほとんど治癒といっていいようながんもありますが、多くのがんでは、そこまでのコントロールは得られていません。
脳の膠芽腫のように未だに厳しいものもあります。
確かにいくつかのがんでは、手術・抗がん剤(と早期発見)によって、がんが見つかった後の生存期間は長くなっています。
ノーベル医学/生理学賞をもらったオプチーボも、最初は悪性黒色腫の予後を改善するという画期的な薬として上梓され、その後他のがんにも使われるようになりましたが、その効果はやはり一過性で、そのうち再発が起こってきます。
がんの治療では、再発が起こってきた場合、セカンドライン、サードラインとして、別の抗がん剤に切り替えて治療を継続することが多いですが、抗がん剤が、どういう根拠で用いられているのかを、この本では明らかにしています。
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抗がん剤に限らず、普通の病院で使える薬は、薬として保険適用になる、つまり自費ではなく健康保険で使えるようになるまでに、治験というプロセスが必要です。
抗がん剤の場合には、同じようながん患者さんを何百人ずつか集めて2つのグループに分け、片方のグループには新しい治験中の薬、もう一方のグループにはプラセボ(偽薬=偽の薬)もしくは標準的に使われている薬を投与して「生存期間(OS, overall survival)など」を比べることになります。
この「生存期間など」というのがくせ者で、著者は「『生存期間を延ばす』もしくは『生活の質を改善する』以外の効果で抗がん剤の良し悪しを評価するのは不適切だ」と述べています。
「そんなの当たり前でしょう?」と思われるかもしれませんが、最近は、多くの新しい抗がん剤が「がんが進行しなかった期間(PFS, progression free survival)」で、承認を得ていると批判しています。
「腫瘍が大きくならなければ、効いているってことでしょう?」と思われるかもしれませんが、腫瘍が大きくならなくても、残念ながら亡くなる人は亡くなるし、大きくなっても元気に過ごせる期間が長ければ、その方が良い薬であると言えます。
しかも、この「大きくなった/なっていない」という評価はCTなどで行いますが、何%大きくなれば「悪化」「改善」というのは、定まった基準がなく、各抗がん剤の研究計画次第です。さらに、評価する人が、同じCT写真をみても、「大きくなった」「なっていない」の評価がばらけることもあるようです(そういう研究論文がある)。
生存期間を延ばすことがゴールで、それによって評価されるのであれば、評価する人によって差が出ることは起こりえないし、患者さんが期待するのはそういう薬だと思いますが、必ずしもそうなっていない可能性がある、と著者は述べています。
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脳外科で治療する代表的な悪性腫瘍である膠芽腫について言えば、自分が医者になってしばらくは、「本当にこの治療(抗がん剤)に意味があるのだろうか?」と思わざるを得ないようなしんどい化学療法をやっても、すぐに再発して、どんどん意識が悪くなって、結局亡くなる患者さんばかりでした。
それがテモゾロミドという抗がん剤が使えるようになってからは、(現在でも予後はあまり良くないですが)かなりの患者さんが少なくとも半年〜1年くらいは、多少制限があっても元の生活ができるようなコントロールができるようになっています。
この本の著者の基準からしても、「生命予後」を明らかに改善している薬といえるでしょう。
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実際に家族ががんを患わないと気にすることはないかもしれませんが、現在のがん治療は、薬剤費として年間1千万円以上かかることもあります。
(高額医療の対象なので、自己負担は多くの場合、月10万円程度。それ以外は保険でまかなわれるので、ほぼ税金(社会保険料)です。)
化学療法を専門とする医師の意見では、2年程度再発が抑えられて2000万円なら、許容範囲と考えるようです。
しかし狭心症で、ステント治療やバイパス手術(治療費〜300万円強くらい)を一度行えば、治療後は(抗血小板薬やコレステロールの薬が必要としても)ほぼ元通りの生活を送れ、それが10年、20年と”持つ”わけなので、2,3年くらいしか持たない抗がん剤に年1000万円以上かかるというのは”相場がおかしい”ように個人的には思います。
この本の中でも述べられているように、がん患者さんやご家族による患者会は、「ドラッグラグ」を無くして、新しい薬を早く使えるようにしてほしい」というアピールはするものの、「もっと薬を安くして、多くの人が使えるようにしろ」とはあまり言わないようです。
(主体的に、患者会の声を探した訳ではないので、そのような声もあるのかもしれませんが)
もちろん、自分の家族ががんになったら、できるだけの治療を受けさせたい、1日でも長く生きていて欲しいと思いはじめるかもしれません。
その一方で、こういう治らない薬しか無いのが現実であり、治らない病気と闘い続けるのも酷かなとも思います。
普段見ている脳卒中では、ある日突然にコミュニケーションがとれない状態になったり、亡くなったりする方が多数いらっしゃいます。
それと比べて、がんの患者さんではある程度、先を読むことができます。
家庭生活や仕事を続けて、満足感が得られれば、自分だったらセカンドライン・サードラインと続けなくてもいいんじゃないかな、と"今のところは"思っています。
実際に、自分や家族が病気になったら、そういう風には考えられないかもしれません。
なので、そうなる前に、がん医療の「眉唾な面」を知っておくのは悪いことではないのではないかな、と思った1冊でした。
このような眉唾な面もあるがん医療ではありますが、きちんとした治験を経て、もっとも長い生存期間が期待できるのが、普通の病院で保険診療で行われている「標準治療」です。
クリニックレベルで「○○細胞を点滴してがんが治った」「○○すればがんが消える!」といった類の代替治療を勧めるものではありません。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
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