フローダイバーターステントのリスク・合併症
- 木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター
- 2023年10月9日
- 読了時間: 4分
更新日:2023年11月13日
フローダイバーターステント(以下FD)に関して、ご相談を受ける機会があり、「インターネットで調べたけど、合併症の話はあまり書いていなかった」というご意見をうかがいました。
自分は開頭手術専門で、動脈瘤についてはクリッピング(必要ならバイパス手術)を行っているだけなのでバイアスがありますが、FDの合併症については医療文献を調べれば分かるものの、非医療者の方には難しい場合もあるので、書いておこうと思います。
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まず、FDの効果についてですが、「FDを入れれば動脈瘤の問題は全て解決」というものではありません。
2015年の18件の報告をまとめたレビューによれば
どのような動脈瘤に使用されているかにもよりますが、FDを入れて半年で74.5%(50-93%)、1年で89.6%(81-100%)でした。
つまり、FDを入れれば必ずすぐに動脈瘤が消えるというものではありません。
23年9月に別の長期予後についての論文も出ています。
この報告では1年以上のデータがある8件の研究をレビューしています。上の研究は18件の報告なのに、1年以上経過を見た結果が示されていないため、除外されたのかもしれません。
1年で長期?という当然の疑問がありますが、これによれば未破裂動脈瘤が閉塞する割合は 1年で77%、3年で84.5%、5年で96%だったようです。
再治療が5%(20人に1人)行われています。
(ちなみにFD1本140万円です*1)
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同じレビューに合併症の話も出ています。
いわゆる手術に伴う後遺症(永続する合併症)は3.5%に起こっています。
永続するものなので、重度麻痺や言語の障害が残った、あるいは意識が戻らなかった、というタイプのものですが、29件に1件くらいの割合で、そのような大きい合併症があったということです。
これは開頭手術でも同じですが、「3.5%の確率で麻痺が起こる」と、医者が説明をする場合、患者さんは(全く動かない麻痺を100とすると、その3.5%程度の麻痺)のような受け取り方をすることが多いです。
しかし、実際には、『その3.5%に当たってしまうと、手足が全く動かないとか、言葉が分からなくなってしまう』ということです。
内訳としては、脳梗塞(虚血性合併症)が4.1%、脳内出血、くも膜下出血などの出血合併症が2.9%でした。
これは"永続する"合併症なので、ちょっと手のこわばりが残る程度の脳梗塞などは除かれています。また、カテーテルを挿入する部分の内出血・仮性動脈瘤(場合によっては手術が必要)、感染症などは含まれていません。
これらはFDに特有の合併症ではなく、血管内手術一般に起こりうる合併症です。
手術による死亡もあり、0.5~8%(平均3.4%)で起こっています。
(ちなみにご相談いただいた件は、亡くなっていてもおかしくない合併症でした)
この論文は18件の報告をまとめたレビューなので、3件の報告では死亡は無かったようです。
人が行うことなので、ウデの差はあっておかしくはないと思います。しかし、その他にも
FD特有の問題として、普通のステントより金属の量が多いため、抗血小板薬が効いていないと金属の表面に血栓ができ、それが脳に流れていって脳梗塞を起こしたり、ステントが詰まってしまいます。
特に内頸動脈のような心臓に近い太い動脈が詰まってしまうと、(個人差はありますが)大きい脳梗塞を起こして、重度の麻痺を起こしたり、左側(言語有意半球)の場合には言語障害(失語)を起こすことがあります。
また、大きい動脈瘤でFDを入れると、圧のバランスが崩れて、治療した動脈瘤からくも膜下出血を起こすことが初期から知られており、内部にコイルを詰めるなどの対策が取られます。
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FD自体は、すでに新しい治療とは言えないように思いますが、コイル塞栓自体と比べれば、あるいはもちろん開頭クリッピング術と比べれば、新しい治療ではあります。
また、FDを使える提供側の基準(例えば『ステントを用いた治療経験が○○件以上』)や、適応が拡大されたことで「今まで使ったことなかった」外科医にとっては、新しくできるようになった治療という意味で、新しい治療であったりもします。
以前の記事でも書いたように、開頭手術でも(FD以前の)血管内手術でも難しい動脈瘤というのはあって、そのような患者さんにとっては福音となる治療ではありますが、おそらくFDが使用されている動脈瘤の多くは、シンプルにバルーンで補助してコイルを詰めるとか、普通の細いステントを併用してコイルを詰めるとかで治療可能なのではないでしょうか。
そしてそれらは、出血合併症の元になる抗血小板薬についても「3ヶ月飲めば終了」で済むものです。
すぐに新しいものに飛びつくのは、日本人の良くない習性の一つだと思いますが、新しい治療が必ずしも「より優れた治療」ではありません。
「FDでなければ治療できない」という動脈瘤はかなり少ない(はず)なので、(開頭手術じゃなくても)シンプルな昔ながらの(?)治療を行っている病院にセカンドオピニオンを求める方がいいんじゃないかな、と思っています。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
*1 FD1本のお値段が160万円ではなく、140万円に下がっているという指摘があり、訂正しました。
自分が未破裂脳動脈瘤があるとわかってから、いろいろ調べてみました。
たまたま私の瘤は開頭が難しい場所で、かつまだようやく治療の適用になったような小さい瘤でしたので、こちらの記事は興味深く読ませていただきました。
で、いろいろ検討の結果、おぼろげにわかったことは、未破裂脳動脈瘤に対する確立した治療法はまだないのだろうという感想です。
手技はどんどん洗練されていき、画期的な方法が考案されますが、それぞれに長所短所があり、それが先鋭化されていく一方なので、全体を見渡した場合、どれを優位かを判断することは、素人ではあまりにも難しいと思いました。
FDは、カテーテルの抱える欠点を解消すべく、追い求めた先に現れた一つの道具で、その意味でカテーテルの専門医からは夢の道具だったのではないかと思います。留置して、瘤が消える可能性があるのは、開頭も含めてFDだけですし、その特性から解消できる障害もあるでしょう。おそらく術者の技量によって成果が左右されるコイルよりも(そして開頭よりも)FDの方がケーススタディーを極めれば、術者の差が出にくい、一定した成果が保証される可能性がある器具であると思いますので、それはとても大きな利点かと思います。
一方で、コイルよりも合併症(術後に血栓ができやすい)の問題が無視できないというのも理解できますが、血栓のリスクが低い開頭の立場から見れば、FD使用の警告が出るのは、当然の指摘だと思います。
が、少し振り返って考えると、そもそも、開頭では得られない低侵襲性(もしくは開頭では大きな障害が残る部位に対する代替案として)のために始まったであろう手技がカテーテルならば、その時点で開頭とカテーテルは二つに分岐したそれぞれの道を歩んできたわけで、分岐した違う道を進んでいる開頭の立場から、FDを比較するのは、そこに至るすべての問題を飛び越えて(もしくは無視して)いるようにも思えます。
FDと開頭を比べて優位性を語ることは、一見合理的な比較のように見えますが、患者が治療法を選ぶときは、必ず、開頭とカテーテルが分岐してきた道筋をたどりながら自分の治療を選びますので、FDにたどり着いたとき、開頭は、もはや遠く離れた道の先にある手技にすぎません。そこで踵を返して、来た道を戻って、分岐点からやり直すということは、できるようでできないのです。(ショートカットは意味がないんです。やってみたけど、今までの選択の道筋に費やした時間を無駄にするだけだと思いました)
簡単に言えば、「頭に大きな傷を残して、頭蓋骨をあけて行う手術で、終わったとは頭痛や食欲不振に悩まされる数日を含んだ長い入院期間を過ごす」ことを避けた患者が、コイルかFDかの選択肢に至ったとき、「じゃあ開頭」にはならないのです。
合併症の危険とか、長く抗血栓薬を飲むリスクとか、非常によくわかるし、現実的な問題なのですが、FDにたどり着く道筋は(たぶんそれは低侵襲性)、一つ一つ選択肢をつぶしてきた道筋でもあるので、その先でFDにたどり着いたときには、それと同等の選択肢がないのです。
小さい瘤に対するFDはコイルでも代替できるはずだというご意見もごもっともです。
そもそもFDはコイルでは難しい大きな瘤に適用を許されたのが始まりで、これはマイナスから始まる選択肢です。FDの合併症リスクは大きいけど、それよりもっと大きな利点が存在するから使う価値があるということです。
また、FD留置後の瘤の破裂はカテーテルではリカバリーが難しいようで、コイルの併用なども行われるようですが、その点からいうと、破裂の問題の少ない小さい瘤にFDを置く方が合理性があるともいえると思います。
やはり、FDはコイルより安全性が高く、手術の時間も短く低侵襲性です。カテーテルは低侵襲性を追い求めていますから、FDを使いたいんだなと思います。
でもご指摘の合併症の問題は解決されず、FDがコイルより術後合併症のリスクがあることは消えません。
あとは、上記のプラスが、合併症のマイナスと比べて優位であると考えたからFDを小さい瘤に適用したんだろうと思います。
FDは低侵襲性を求めた先にあるものとも言えますので、じゃあ開頭の方が合併症少ないじゃないか、はないのです。低侵襲性求めたときから開頭が選択肢にないのですから。
と考えてみたのですが。。。