New England Journal of Medicine誌にCT誕生50周年という記事が出ていた。
Joel D. Howell, M.D., Ph.D.
1971年にウィンブルドンで41歳の女性の前頭葉腫瘍が撮影されたということ。
最初は、1枚の写真ができるまでに何分もかかっていたようだが、脳外科の実際の臨床に与えたインパクトは非常に大きく、正直CT(とポケベル)が無ければ、僕は脳外科医になっていなかったと思う。
(実際、登場してわずか8年後にはノーベル医学生理学賞が与えられている。)
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CTより前、頭の中で何が起こっているのか調べる方法としては、主に3種類しかなかった。
ひとつは、患者さんにどういう症状があるか聴診器や打腱器などを用いて所見をとる、いわゆる神経局在診断と呼ばれるもので、顔面神経麻痺があるけど、おでこにはシワを作ることができるから、病変は脳幹より上にあるだろうとか、膝の下を叩くと足が伸びる反射が正常より強く出るなどの情報から、病変の位置を推定するものだ。
もちろん、神経に関わる医者なので、一通りのことは理解しているつもりではあるが、年配の先輩医師から見れば「神経所見を取る能力の劣化は著しい」ということになるし、自分自身については全く弁解のしようがない。
(脳外科医でも神経所見の評価に優れた医師は沢山います、あしからず)
もう一つは気脳撮影というもので、患者さんの腰から針を刺して、くも膜下腔に空気を入れ、体位をいろいろ変えることで、腰の空気を頭蓋骨の中に誘導してレントゲンを撮る方法である。
空気があるとレントゲンで写るため、頭蓋骨の中の空気の形を見て診断するのだが、これも年配の医師に伺うと「脳室内に空気を誘導する秘伝の方法がー」など、いろいろ昔話が聞けて楽しい。
しかし、今でも術後の患者さんが吐き気に悩まされるように、検査後ひどい吐き気が生じることがよくあったようで、CTが導入されてから完全に行われ無くなっており、僕も経験したことはない。
最後はカテーテルを用いた脳血管撮影で、これは今でも広く行われている。
但し、かつてはカテーテルもちょうど良い柔らかさ・コシのものが無く、造影剤を手で押して、タイミング良くレントゲンを撮影するというもので、これも非常に(撮影自体に)技術が必要な方法だったようだ。
しかし、何より造影剤自体の安全性が低く、血管撮影で死亡したり、後遺症が残るということもしばしばあったようで、検査自体が命がけだったのである。
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手術の技術的な問題もあり、術後出血などによる急変があった場合には、すぐに血管撮影を行って、「脳の動脈が正常と比べてどちらかに寄っている。ここに血腫があるはずだ!」と手術室に駆け込む。
携帯電話はもちろん、ポケベルも無い時代だから、こういう急変に備えるために病棟から離れる訳にもいかず、病院の中に泊まりッぱなしの状態で、しかも患者さんの多くは後遺症が残るという時代。
そういうのが当たり前だったからという部分はあるだろうが、歩いて病院に来た人が寝たきりになったり亡くなったりするのが日常というのは精神的にもキツいと思う。
そういう時代に活躍されていた先生には本当に頭が下がります。
(*他にもレントゲンで下垂体腫瘍や聴神経腫瘍の診断に繋がる所見はあったりするので、診断学自体は昔の方が面白かったに違いないと思う)
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
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