くも膜下出血を起こした場合の経過についても、やはり言及すべきでしょう。
「また、万が一くも膜下出血を起こした場合の死亡率は3〜4割と言われています。裏を返せば麻痺などの後遺症は残る者の、全体の6〜7割が生存するということ。しかもそのうちの半数以上、つまり全体の3分の1は無事に社会復帰を果たしています。」
これも内容としては間違っていません。
いまだにくも膜下出血を起こした場合には、
頓死する方、
病院に運ばれたが重態・手術不能で亡くなる方、
手術などの治療を行ったが(出血後3ヶ月以内に)亡くなる方
が3分の1くらいいらっしゃいます。
氏が述べているように、残りの半分、くも膜下出血を起こされた方全体の3分の1の方は、元の生活に戻られる訳です。
これは、脳卒中の予後の評価であるmodified Rankin Scale (mRS)でいうと、mRS 0~1の方になりますが、mRS2というのは多少の麻痺や言語障害があっても、元の生活が出来ているということです。
(亡くなったかたはmRS6になります)
では、残りの3分の1はどうなっているかというと、mRS3~5になるわけです。
(われわれ脳外科医が、「家に帰れて良かったですね」と声をかける)mRS2でももちろん元通りとは行かず、mRS3以上であれば、生活するのに誰かの助けが必要な状態になるということであり、場合によってはいわゆる植物状態での生存も含まれる訳です。
くも膜下出血を起こした場合、一番予後(治療結果)に影響するのは、病院に着いた時点でのくも膜下出血の「重症度」(=どれくらい重症か)です。
「大型〜巨大動脈瘤で、くも膜下出血を起こした場合は予後が悪い」ということは、分かっていますが、どうすれは「出血した場合に重症化しないようにできるか」は分かっていません。
また小型の動脈瘤だからくも膜下出血を起こした場合に軽症で済むかというと、そういう訳でもなく、血圧のコントロールでも、出血した場合に重症にならないようにすることはできません。
さらに軽症のくも膜下出血で運ばれてきても、脳血管攣縮でmRS4,5になってしまう人も無視できない頻度で起こります。
そういうことを考えると、1年あたりの出血率が1%でも、期待できる健康余命が10年あれば、その間に出血するリスクは10人に一人(1-0.99^10=0.095)くらいなので、重大な合併症を起こすリスクが1%未満であれば、治療を検討するというのは、妥当なのではと思います。
(言及されている富家先生のお知り合いについては残念ではありますが、穿通枝が関与する大型/巨大動脈瘤でなければ、未破裂脳動脈瘤で合併症が起こることは、きちんとした手術を行えば、実際にあまりないです。)
逆に小型の動脈瘤でも(統計上、余命が限られている)高齢の方の場合は、経過観察が妥当な場合が多いでしょう。
もちろん、未破裂脳動脈瘤の治療をする/しないの判断をするのに、怖い話ばかりするのもどうかと思いますが、実際に脳卒中の診療を行っているものの立場としては、「そうは言っても、(特に若い方で)それなりの大きさの動脈瘤が見つかっているのなら、治療する方がいいと思う」というのが正直なところです。
この辺りのリスク・コミュニケーションはいろいろ難しい部分がありますが、「くも膜下出血を起こしても1/3の方は亡くなりますが、1/3の方は元通り社会復帰できます」と、残りの1/3の方にほとんど言及せずに述べるのは、ちょっと違うのではないかな、と思うのです。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
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