下のような質問を受け取った。
くも膜下出血には、「どれくらい重症か」を示す指標として、Hunt & Hess 分類とかWFNS gradeといった、重症度分類があり、数字が大きいほど重症で、予後が悪い(亡くなったり、後遺症が残る可能性が高い)
ただ、グレード4,5の最重症でも全員が亡くなったり、寝たきりになるかというと、そういう訳ではないので、判断が難しいところだ。
(「全員が必ず亡くなる」「グレード5で意識が戻ることは絶対ない」というのが分かっていれば、あえて治療する必要はなくなる)
グレード5でも元の生活に復帰できる方がいる理由は比較的簡単で、この重症グループが均一でないことが一番の理由だろう。
つまり、覚醒度(刺激への反応)を基準にしたグレーディングなので、意識の状態が悪い理由が、
脳の不可逆的なダメージによるものなのか、
一時的な灌流不全の後を見ているのか、
急性水頭症によるものなのか
を区別していないし、その状態がどれくらいの時間続いているかも考慮していない。
またCTで、くも膜下出血と診断がついたところで、この重症度分類を用いるが、CTだけでは、脳圧(頭蓋内圧)が高くて、既に血流が脳に十分行っていない状態かどうかなどは判断できない。
(脳溝の見え具合などで間接的には推定できる。)
水頭症にしても、ドレナージによる圧のコントロールが遅くなれば、やはり不可逆的なダメージが残る可能性が高くなる。
そういうのをひっくるめて、再出血のリスクが高い緊急の状況で、「使い勝手のよい」評価方法なので、広く用いられているというのが実際のところだ。
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一方で、グレードが良くても(1,2でも)後遺症が残ることがある理由は、グレード5にも当てはまることだが、くも膜下出血の”治療が難しい”からだ。
どう難しいかというと、
1. まず再出血を予防するための手術(=開頭手術もしくは血管内手術、以降両方を合わせて”手術”)までの間に、再出血させないことが、くも膜下出血においては非常に重要。
再出血は、予後を悪くすることが知られている。
なので、くも膜下出血が疑わしい場合は、救急隊を含め、極力安静に、できるだけ衝撃を与えないようにと、移動・搬送なども気を使っているが、それでも再出血を起こすことがある。
2. 再出血予防のための手術にも差がある。
くも膜下出血の開頭クリッピング術は、部位によって治療の難しさが違うし、同じ部位・同じ大きさの未破裂脳動脈瘤の動脈瘤よりも難しい。
(無症候の未破裂脳動脈瘤の治療は”社会的に”難しいという部分はあるが、技術的にはくも膜下出血の方が難しい。)
難易度に関して、血管内手術は開頭手術ほどには、未破裂脳動脈瘤と差はないが、それでも治療中に出血することもあり、止血出来なければ治療中に死ぬ可能性もある。
このような難しい手術の成績が、予後にも影響する。
3. 手術がうまくいっても、発症後2週間くらいの間は、脳血管攣縮という動脈が細くなって、脳梗塞を起こしやすくなる時期がある。
脳血管攣縮の治療成績もだいぶ良くなっているが、これによる脳梗塞の危険性はまったく無視できない頻度で起こるのだ。
さらに引き続いて、水頭症などのイベントが盛りだくさんなので、最初のグレードだけでは予測できないことも起こりうるのだ。
しかし、平均すると、最初のグレードで予想されるような割合で、もとの生活に復帰できる方がいて、後遺症が残る人がいる、ということになる。
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一つの病院内ではグレード1の方が、グレード5よりもずっと成績が良いはずだが、病院によっても当然差出てくるだろう。
くも膜下出血を起こした場合、手術が上手な病院に運ばれるかどうかは運次第だ。
重症のくも膜下出血では、頭蓋内圧がかなり高くなっていることもあり、深夜に緊急手術ということもしばしばで、そうすると当然、手術の成績が悪くなる可能性は高くなるだろう。
そういうこともあって、「どうにかしてくも膜下出血を起こす前に、原因となる未破裂脳動脈瘤のうちに治療できないか」ということで、脳ドックが始まったはずだが、見つかる未破裂脳動脈瘤の大半はリスクの低いものばかりというのは前に述べたとおり。
そういう少ない頻度で見つかる(年齢が若くて、)リスクが無視できない動脈瘤がある場合に、症状ないのに治療を勧めるのは上のような理由もあるのだ。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
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