脳外科の、特に救急疾患の診療をしていると、どうしても重度後遺症が残る方がしばしばいて、特に若い方で意識が戻らないような状態になると本当に辛い。
この見かけ上「意識が無い」という状態にも程度があって、自分で呼吸はしているけど、全く無反応な人もいれば、かろうじて目は開ける、目が合う方もいる。
(長く介護している家族や介護士さんにだけ分かる反応もあるようだ)
どのような原因で脳のダメージが起こったかによっても、回復の可能性が異なることはよく知られていて、典型的な脳卒中で起こった意識障害と、外傷によるものでは、表面上同じような状態になっていても、脳の損傷にはかなり差があることが多い。
なので、「外傷による脳損傷は助けるが、脳卒中後の回復では差が見られなかった」というクスリは、とりあえず眉唾だと思っている。
そのような意識障害の患者さんの中には、実際には表出ができないだけで、「yes/no」で答えられる質問に対して、脳血流が変わるとか、脳波が変わるなどの反応が見られることもあるといった報告がなされている。
しかしながら、現実問題としてこのような技術の恩恵を受ける方は、研究へ参加する機会が得られたごく一部の方であり、一般化できる可能性はかなり低いように思う(マンパワー・費用の問題)
そこで、本人の中に残っている意識を、何とか”自分で”外に出せるようにならないかという研究がいろいろなされている。
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意識障害の患者さんの覚醒を改善させるという薬剤がいくつか知られており、保険適用のものはもちろん使うのだが、別の病気で適応が通っているけど、そのような状態には通っていないという薬もいくつかある。
Funct Neurol. 2013 Oct-Dec;28(4):259-64. doi: 10.11138/FNeur/2013.28.4.259. PMID: 24598393
Thonnard M, Gosseries O, Demertzi A, Lugo Z, Vanhaudenhuyse A, Bruno MA, Chatelle C, Thibaut A, Charland-Verville V, Habbal D, Schnakers C, Laureys S. .
zolpidemは、かなり処方されている睡眠薬だが、この薬に遷延性意識障害の方の意識障害を改善させる作用があるという報告がいくつかある。
60人のいわゆる植物状態、あるいは最小意識状態(かろうじて目を開けるなど)の患者さん(受傷/発症後4年)60人にzolpidemを投与したところ、12人に何らかの反応(追視など)が見られた。1人だけ、機能的な改善がみられた。
睡眠薬なので、脳の活動を抑えそうだが、予想に反して効果があることがあるというところが興味深い。
脳の活動は、興奮を起こす神経と、それを抑える(抑制する)神経がバランスを取って行われているが、意識障害の患者さんの一部は、興奮を起こす神経の働きが落ちていて、抑制する神経の働きが相対的に強くなっていることがある。
zolpidemは、この抑制する神経の働きを抑えることで、かろうじて頑張っている興奮を起こすタイプの神経がはたらくようにするらしい。(詳しいメカニズムはこちら)
他の報告でも同様だが、これらの反応はzolpidemを内服してから、血液中の濃度が上がって、分解される時間に一致して起こっている。
つまり、持続的な効果ではなく、薬が効いている間だけ、少し改善するようだが、全然反応が無い状態と比べれば、大きな変化。
これは例えば、言語理解が保たれている患者さんの方が、そうでない方と比べると、リハビリスタッフの指示内容が分かる分、進みが早くなることが期待できるようなものであり、自分で反応できるようになると、できることが格段に増える、ということが起こりうるのだ。
残念ながら、植物状態から最小意識状態のような"診断の変更"のような大きな変化が起こる人は、かなり限られているのだが、1例でも見られるのなら、試してみる価値はあるだろう。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
(本邦では保険適応外の使用法である。また、これを投与することが安全とは限らないため、自費診療で投与する際も担当医とよく相談する必要があります。)
追記;エイドリアン・オーウェン「生存する意識」の中で、この研究に言及している部分がありましたが、その中での評価は「再現性がなく、有効とは言えない」というものでした。(これについてのブログ)
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