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執筆者の写真木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター

吸引管をどうやって使えるようにするか

更新日:11月25日

以前、脳外科の手術ではバイポーラ凝固(装置)を上手く使うことが、特に脳腫瘍(や脳動静脈奇形)の手術では重要である、という記事を書きました。


それ以上に重要なのは吸引管です。


なにしろ、肉眼で行う手術も含めると、ほぼ全ての脳外科手術で使用する道具です。(当然ですが、血管内手術やradio-surgeryは除外)


術者や助手が持つ細い金属製の管に、陰圧をかけたチェンバーに繋がっているチューブを接続することで、掃除機のように術野にある血液や骨の粉などを取りのぞき、視野を確保する道具です。

この掃除機の役割の他、管になっている部分で脳を抑えて視野を確保したり、陰圧を強くかけることで腫瘍などを「つかむ」働きをしたりします。


視野や作業空間を確保するという、どちらかと補助的な役割ですが、手術が上手い脳外科医は、例外なく吸引管の使い方が上手です。


スパッ、スパッと剪刀(ハサミ)でくも膜をどんどん切っていったり、バイポーラで腫瘍の出血を止血したりするのは目立ちます。

しかし、ハサミで思い切りよく切れる、というのは100%安全な部分だからそうしている訳であり、「どうして100%安全と言えるのか」というと、吸引管で血液や髄液などが無い状態にして、切る対象の向こう側に何も無いことを確認しているからです。

さらに吸引しているだけでなく、くも膜を引いている吸引管の角度を変えることで、光の屈折の仕方などから、(虚脱した静脈ではなくくも膜である)などと確認している訳です。


腫瘍や脳動静脈奇形でいえば、バイポーラが最も有効にはたらく、先端の距離、濡れ具合がありますが、その環境を常に吸引管でこしらえている訳です。


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前にも書きましたが、2006年頃に、当時「神の手」と呼ばれていたF先生の手術を見に行った際に

F「脳外科の手術で一番大事なのは何だと思う?」と訊かれ

K「吸引管だと思います」

F「(…)その通り!」とお褒めいただいたことがありましたが、そういうことです。

それくらい吸引管の使い方というのは大事なわけです。


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しかし、この吸引管に習熟するのはなかなか難しいのです。


例えば、ハサミ(マイクロ剪刀)や、バイパスの練習は卓上顕微鏡でできるのですが、吸引はそういうわけにいきません。

(内視鏡学会の血腫除去講習会では陰圧を用意できているので、方法が無いわけでは無いのでしょうが、それでも吸引する対象をどうするか?講習会みたいにコーヒーゼリー&トマトジュースをいちいち準備するのももったいないですし。)


しかしながら、間接的ではあるものの練習方法はあるし、どの手術でも使う道具なので、意識の持ち方によっては、修練可能な部分もあります。


まず、1つめは「左手(非利き手)で食事する」ということです。


以前にも書きましたが、利き手交換をして、非利き手である左手(以下、左手)の器用さを上げることです。

脳外科を選択する人の多くは、「自分は他人より器用だ」と思っている人が多いですが、両手が同じように使える人は多くはありません。

(自分の内視鏡の師匠は矯正された左利きで、ものすごく器用でしたが)

左手で箸が使える程度にでも使えるようになると、吸引管だけでなく、剪刀を含めていろいろ便利なことが増えます。


また、半側空間無視の反対ですが、左側に意識が向かいやすくなるというメリットもあるので、吸引管のには有効だと考えています。

(と、若いDr.に言っても実際にやる人はごく一部なのですが)


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実際の手術シーンでもできることはあります。


助手で手術に入る際、片手は吸引を担当することが多いはずです。

その際も、単に太い吸引管で場にある全てのモノを吸引除去するのではなく、少し細い吸引管に変えて、(液体は吸引するけど、骨粉は吸引しないようにして管が詰まらないようにする)などとやってみることです。

最初は詰まってしまいがちですが、慣れてくると微妙に吸引圧をコントロールすることで可能になります。


硬膜外血腫でも、吸引圧をコントロールして、自分が取りのぞこうと思った部分の血腫を、思った通りに取り除く、というのが大事です。

毎回(血腫が見えた、はい全閉(吸引圧全開))ではカタルシスはあっても成長はありません。

吸引管の先端が何かに接触する度に”チュパッっ”みたいな音をさせているようでは、繊細な手術は無理です。


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「頭文字D」という車の漫画で、「アクセルを32段階くらいにコントロールするんだよ!」みたいなシーンがありましたが、まさにあれです。


128段階くらい調節するくらいで集中すべきなのです。



相手はひとの脳なんだから。


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またくも膜下出血などでSylvius裂を開放する機会を与えられることがあるかもしれません。その際、両手にゼロピンを持ってくも膜を裂いていく、という操作も、まあやっても良いとは思います。

しかし、そんなことは卓上顕微鏡で練習できる訳です。


きっかけとなるM4が確保されて、その周りのperi-vascular cisternと呼ばれるスペースが得られたら、短く細い吸引管に替えて、吸引管の側面でretract する方が、余程勉強になります。


もちろん患者さんに不利益があっては元も子もないですが、チャンスが与えられたのなら、その場でしかできないことで、次に繋がることは何か、とシミュレーションしておくのも大事です。


(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)


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