脳動脈瘤が見つかった時の余命は?
- 木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター
- 2018年5月6日
- 読了時間: 3分
東大に留学されていたChang先生の、未破裂脳動脈瘤を持っている方の余命についての論文(古め)。
J Neurosurg. 1995 Sep;83(3):413-20.
日本人の生命表から、動脈瘤を持っている方の年齢で根治的治療(クリッピング術/血管内手術)を受けたら余命がどれくらい変わるかを調べた研究。
生命表というのは、死亡に関わる統計から、ある年齢の方が「あとどれくらい(統計学的に)生きていそうか」を調べたもので、生命保険などでは非常に重要な情報になる。
生まれたばかりの赤ちゃんの平均余命(あとどれくらい生きていそうか)が平均寿命。
ちなみに2015年の日本人男性の平均寿命は80.75年だが、80歳の男性の平均余命は8.83年で、80歳になっても平均すると9年弱くらい生きられるということ。
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未破裂脳動脈瘤を持っている方も、他の病気にかかって亡くなる可能性があるし、年齢を重ねていけば 当然 寿命を迎えることになる。
未破裂脳動脈瘤に対して治療を行うことで、余命(あとどれくらい生きているか)にどれくらい影響があるのだろうか?
40歳で未破裂脳動脈瘤を持っている方がいるとして、年間の出血率を1%と仮定し、くも膜下出血を起こした場合の死亡率を50%、手術で死亡(!)する確率を1%とする場合に、生存確率をグラフで描くと下のようになる。

横軸は経過観察する期間 (単位は年)で、さすがに50年経つと年齢が90歳になるので、生きている可能性は20%くらいになる。
ちなみに、40歳から10歳きざみで、同じ条件(出血率1%, くも膜下出血を起こした場合の死亡率50%、手術の死亡率1%)でグラフを描くと下のようになる。

これを見ると、40歳の方を治療しても30年くらい(70歳まで見ていても)治療によるメリットはあまりないように思われる。
しかし、注意が必要なのは、これは”統計の話”だということ。
動脈瘤を持っている個人にとっては結局、「動脈瘤が出血するか、しないか」という問題であって、出血を起こした場合には印象としては下図のようになる。

つまり、運が悪いとどこかの時点で出血して、場合によっては亡くなってしまうが、治療を受けてその後は一定程度生命表に従った生存確率になる。
高血圧、喫煙習慣や、虫歯、歯槽膿漏を放置した場合、この「運の悪さ」に影響を与える可能性がある。
(くも膜下出血を起こされた方は、統計では平均余命が短いということが報告されている。)
つまり、最初のグラフ(研究結果)は、
「見つかった出血率1%の動脈瘤の方を治療することの、生命表への影響はこれくらいです」
ということで、厚労省の官僚や、保険の支払機関へ、治療の意味(あるいは意味のなさ?)をプレゼンテーションするには有用かもしれないけれど、ひとりひとりの動脈瘤を持っている方にはあまり意味のあるものではない可能性がある。
以前にも書いたが、未破裂脳動脈瘤の治療は統計に与える影響は微々たるものであって、あくまで目の前の患者さん個人の人生へのインパクトで考えるべき問題なのだ。
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また他に考慮すべき重要な点が2つある。
(手術の死亡率1%は高すぎるにしても、大きい動脈瘤を中心に考えるということなら仮定条件としてはよいだろう)
ひとつは出血率が1%(1年あたり)で良いのかという点。
これはUCAS Japanの結果が0.95%なので、妥当といえば妥当だが、個別の動脈瘤に関しては、やはり個別に検討する必要があるし、UCASの結果が低すぎる可能性もある。
(後日どこかで詳しく書こうと思う)
2つ目は、出血率が1%で一定と考えてよいのかという点で、およそ2~5%の動脈瘤に増大が起こる。
大きい動脈瘤ほど出血率が大きいというのが、どの調査でも共通する危険因子なので、10年、20年という単位では、出血率が(高い方に)変化する可能性がある。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
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